摂食障害の研究について
摂食障害Eating disordersは食行動異常、自己の体形への認知の歪み(やせ願望、肥満恐怖、体形の不満)を主な症状とする病気で、神経性食欲不振症Anorexia nervosaと神経性大食症Bulimia nervosaなどのことを指します。10代から20代の若い女性がかかりやすい病気ですが、特に神経性食欲不振症は若年者の病気にもかかわらずその高い死亡率と治療の困難さから、その病気にメカニズムの解明が期待されています。
摂食障害の発症には生まれつきの体質と生まれた後の環境などが関係するという「多因子疾患」説が考えられています。摂食障害に関連する因子の中で、生まれつきの体質による部分(摂食障害のかかりやすさや、摂食障害になるとどのような経過をたどりやすいか)には遺伝子が関係していることが推定されています。摂食障害にかかり易さに対する遺伝的要因の影響は6割程度といわれており、摂食障害の全てを遺伝子だけで説明することは難しいですが、摂食障害に関係する遺伝子が分かり、その遺伝子が体の中でどのような働きをしているかが分かれば、摂食障害のメカニズムの解明や、それを応用した新しい治療ができるようになるかもしれません。
1.遺伝的背景因子
日本では摂食障害の遺伝子について国立精神・神経医療研究センター心身医学部を中心としたチーム(英語名Japanese Genetic Research Group For Eating Disorders)による多施設共同研究がおこなわれており、産業医科大学神経内科、心療内科でもその研究に参加して多くの患者さんにご協力いただいております。
その結果、摂食促進ペプチドであるグレリン(ghrelin)の遺伝的多型が神経性食欲不振症の体重回復率に影響を与えることや、食欲制御を含めた多くの生理機能に関係するとされるエンドカンナビノイド(endocannabinoid)の分解酵素の脂肪酸アミド加水分解酵素(fatty acid amide hydrolase)の遺伝子多型と神経性食欲不振症との関連などが少しずつ明らかになりつつあります。
2.環境因子
摂食障害のもう一つの特徴として、生まれた後の環境因子も病態に強く関与していることが示唆されています。例えば、日本では1990年代後半から摂食障害が急増していますが、このことは遺伝的背景だけでは説明できません。
統計学的には、西洋文化の影響を受けた国ほど発症率が高いことが知られており、痩せている体形を美しいとする文化や、マスメディアを通じて理想とされる痩せた他人と自分を比較することが摂食障害の病態と関係するのではないかといわれています。私達は、この体形比較に関連する視覚刺激を作成し、体形比較の際に摂食障害の患者さんに起きる脳の活動をfMRI (functional magnetic resonance imaging)を用いて視覚化して治療に結びつけられる知見を得ようとしています。